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今野大力

一疋の昆虫  一疋の足の細長い昆虫が明るい南の窓から入つてきた 昆虫の目指すは北、薄暗い北 病室の汚れひびわれたコンクリートの部厚い壁 この病室には北側にドアーがありいつも南よりはずつと暗い  昆虫は北方へ出口を見出さうとする 天井と北側の壁の白堊を叩いて ああ幾度往復しても見出されぬ出口 もう三尺下ってドアーの開いてゐる時だけが 昆虫が北へぬける唯一の機会だが 昆虫には機会がわからず三尺下ればといふこともわからぬ 一日、二日、三日まだ北へ出口を求める昆虫は羽ばたき羽ばたき 日を暮す 南の方へ帰ることを忘れた かそれともいかに寒く薄暗い北であらうと あるのぞみをかけた方向は捨てられぬのか  私は病室に想ふ一疋の昆虫の たゆまぬ努力、或は無智 (「詩精神」1935.6 )





今野大力


 今野大力(1904-1935 明治37-昭和10)

 宮城県金山町生まれ。3歳で北海道に移住、父母は雑貨店を経営するも、
 貧困にあえぎ弟や妹に先立たれる。幼い頃からやさしい性格で、苦難の環境にもめげず、
 仲間たちからは厚い信頼をよせられていた。

 新聞社給仕をへて、1921年、北海道旭川郵便局につとめる。この頃から詩をかき、
 生田春月主宰「文芸通報」に作品発表。「文芸通報」後身の「詩と人生」社友となる。
 詩作の機運高まり、旭川新聞などに精力的に詩を発表。この頃、小熊秀雄と知り合う。

 1926年、プロレタリア文学運動に惹かれ。翌27年2月、小熊秀雄らと詩誌『円筒帽』を創刊。
 この年の秋、父母とともに上京、23歳。

 1929年、看護婦見習いの丸本久子と結婚。翌年、仲間と「文戦打倒同盟」結成。

 1930年「日本プロレタリア作家同盟」に加盟。

 1931年、戦旗社に入社。「婦人戦旗」等の編集に携わる。6月、日本共産党青年同盟に加盟。

 1932年、コップ加盟団体への大弾圧開始される。大力も当局に検挙され留置、拷問を受ける。
 それがもとで中耳炎で重態となり、脳膜炎を併発し入院(1933年、小林多喜二と今村恒夫も
 逮捕、拷問で死去)。
 
 1933年、共産党入党、旭川へ父母を呼び寄せる。闘病の果て、1935年、31歳にて没。
 反戦平和を願い、そして民衆主導の政治をつくらんとの熱き思想をもち、弾圧にも負けず、
 最後まで命がけで戦った革命詩人。







Pの鑑賞  今野大力。宮城県に生まれ、北海道で幼少期をすごし、そして上京。郵便局員等をしながら、プロレタリア文学運動に参加し、民衆のための詩をかきつづけた共産党員詩人。たまたま、前回ご紹介したプロレタリア詩集にこの詩がのっていたのだが、この詩人を、今しっている方はどのくらいおられるだろうか。かれは、コップへの大弾圧でうけた拷問がもとで、31歳という逆さで亡くなった。多くの詩をかき、発表したにもかかわらず、生前は一冊の詩集ものこしていない(没後に刊行された)。冒頭にかかげた詩「一疋の昆虫」。これは、かれの亡くなった月に「詩精神」に発表された作品である。おそらく死の直前、病室にて、おのれの病と闘いながら、かかれたものであろう。病室で見つけし 一疋の昆虫は、北方へ抜けられる出口をめざし、探して、懸命に羽ばたきながら日を暮らす。自分は小さな出口の機会をしっている。大力はこういう。「南の方へ帰ることを忘れたか/それともいかに寒く薄暗い北であらうと/あるのぞみをかけた方向は捨てられぬのか」。大力は、この小さな虫の姿に、おのれのこれまでの生き方、を重ね合わせたのだろうか。「あるのぞみ」をついに捨てられなかった自分自身の姿を。最後の二行、「私は病室に想ふ 一疋の昆虫の/たゆまぬ努力、或は無智」。努力と無智とは愚かであるか。いいえ、決して、と想う。しかし、大力が、死の間際に渾身こめかいたこの言葉を、わたしはしっかりと受け止められているのだろうか。





これまでの詩人

1大手拓次 2村野四郎 3三好達治 4丸山薫
5山之口貘 6中原中也 7壷井繁治 8高橋元吉
9ハイネ 10リルケ 11山村暮鳥 12伊東静雄
13ボードレール 14左川ちか 15竹中郁 16尾形亀之助
17立原道造 18草野心平 19北原白秋 20高橋新吉
21竹内浩三 22島崎藤村 23原民喜 24高村光太郎
25大木実 26大江満雄 27田木繫 28今野大力
29福田正夫 30三田循司 31植村諦 32伊藤公敬
33吉塚勤治 34淵上毛銭 35萩原朔太郎 36内山義郎 
37伊藤整 38北畠八穂 39松永浩介 40土方定一 
41村山槐多 42平木二六 43尾崎喜八 44赤松月船 
45畑山浩 46安西均 47鳥見迅彦 48遠地輝武
49池田時雄 50菊岡久利 51矢沢宰 52金井直
53村上昭夫 54小林園夫 55船方一 56桑島玄二 





 


一匹め
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二匹め
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三匹め(中原中也篇)
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2010年9月13日(月)

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