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今野大力(1904-1935 明治37-昭和10)
宮城県金山町生まれ。3歳で北海道に移住、父母は雑貨店を経営するも、
貧困にあえぎ弟や妹に先立たれる。幼い頃からやさしい性格で、苦難の環境にもめげず、
仲間たちからは厚い信頼をよせられていた。
新聞社給仕をへて、1921年、北海道旭川郵便局につとめる。この頃から詩をかき、
生田春月主宰「文芸通報」に作品発表。「文芸通報」後身の「詩と人生」社友となる。
詩作の機運高まり、旭川新聞などに精力的に詩を発表。この頃、小熊秀雄と知り合う。
1926年、プロレタリア文学運動に惹かれ。翌27年2月、小熊秀雄らと詩誌『円筒帽』を創刊。
この年の秋、父母とともに上京、23歳。
1929年、看護婦見習いの丸本久子と結婚。翌年、仲間と「文戦打倒同盟」結成。
1930年「日本プロレタリア作家同盟」に加盟。
1931年、戦旗社に入社。「婦人戦旗」等の編集に携わる。6月、日本共産党青年同盟に加盟。
1932年、コップ加盟団体への大弾圧開始される。大力も当局に検挙され留置、拷問を受ける。
それがもとで中耳炎で重態となり、脳膜炎を併発し入院(1933年、小林多喜二と今村恒夫も
逮捕、拷問で死去)。
1933年、共産党入党、旭川へ父母を呼び寄せる。闘病の果て、1935年、31歳にて没。
反戦平和を願い、そして民衆主導の政治をつくらんとの熱き思想をもち、弾圧にも負けず、
最後まで命がけで戦った革命詩人。
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